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東京地方裁判所 平成2年(ワ)401号 判決 1992年7月30日

原告

大東油業株式会社

右代表者代表取締役

中部銀次郎

右訴訟代理人弁護士

木川統一郎

石川明

被告

イトマン株式会社(旧商号伊藤萬株式会社)

右代表者代表取締役

芳村昌一

右訴訟代理人弁護士

米津稜威雄

増田修

麥田浩一郎

佐貫葉子

長嶋憲一

仁藤一

玉生靖人

碩省三

籔口隆

津川廣昭

西村國彦

安田修

長尾節之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二億三一六五万円及び内金一三八五万円につき昭和六〇年六月一日から、内金二億一七八〇万円につき昭和六〇年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告、被告は、ともに株式会社である。

2  昭和六〇年三月一九日分取引

(一) 原告は被告との間で、昭和六〇年三月一九日、原告を売主、被告を買主とする左記内容の石油の売買契約を締結した(以下「本件第一契約」という。)。

油種・油量 白灯油二五〇キロリットル(以下、キロリットルを「キロ」という。)

積込日 昭和六〇年三月一九日

積出地 横浜油槽所

船名 東西タンカー所属えびす丸

(二) 本件第一契約は、以下の通り円環を形成した取引の一部であった。

訴外日東交易株式会社(以下「日東交易」という。)は、被告に対し、昭和六〇年三月一九日、(一)と同内容の注文をし、これを受けた被告は、原告に対し、本件第一契約の注文をした。原告は、白灯油二五〇キロを売ることを承諾し、原告と被告の間で本件第一契約が締結された。被告は、白灯油二五〇キロの仕入れが可能となったので、先の日東交易からの注文を承諾し、日東交易と被告間で、本件第一契約と同内容の売買契約が成立した。

こうして、日東交易は、白灯油二五〇キロの入手が可能となり、他方、他の仕入れ先から白灯油四〇〇キロの仕入れが可能となっていたので、合わせて白灯油六五〇キロについて、訴外関西オイル販売株式会社(以下「関西オイル」という。)との間で日東交易を売主、関西オイルを買主とする売買契約を締結し、以下、関西オイルと訴外日本オイル興業株式会社(以下「日本オイル」という。)間、日本オイルと訴外株式会社興産(以下「興産」という。)間で順次白灯油六五〇キロの売買契約が締結された。そして、興産は、原告に対して、日本オイルから入手する白灯油六五〇キロについて売買の売りの申込みをした。

このように、右取引中、原告が被告に売った白灯油二五〇キロを数社を経て原告が買うことになった結果、この分については取引が円環を形成したので、いわゆる「オーダー整理」(その内容は後記4のとおり。)にすることが原告と被告化成品燃料本部燃料部燃料第二課の課員小林徳孝(以下「小林」という。)との間で合意され、同日のうちに順次原告と興産間、興産と日本オイル間、日本オイルと関西オイル間、関西オイルと日東交易間、日東交易と被告間でも、各社間の白灯油二五〇キロについての本件第一契約と同内容の売買契約をオーダー整理にする合意がされた(以下「第一オーダー整理」という。)。

3  昭和六〇年四月分取引

(一) 被告は原告に対して、被告を買主、原告を売主として、以下の内容の石油の注文をした。

(1) 申込日 同年四月一〇日

油種・油量 白灯油一〇〇〇キロ

積込日 同月一一日

積出地 日本石油根岸

船名 東西タンカー所属大耶丸

(以下「本件第二注文」という。)

(2) 申込日 同年四月一〇日

油種・油量 A重油一〇〇〇キロ

積込日 同月一一日

積出地 三菱石油川崎

船名 東西タンカー所属八代丸

(以下「本件第三注文」という。)

(3) 申込日 同年四月一一日

油種・油量 白灯油二〇〇〇キロ

積込日 同月一二日

積出地 富士石油袖ケ浦

船名 東西タンカー所属天心丸

(以下「本件第四注文」という。)

(二) 本件第二注文は、以下の通り円環を形成した注文の一部であった。

興産は、日本オイルに対し、昭和六〇年四月一〇日、本件第二注文と同内容の注文をし、日本オイルは関西オイルに対し、関西オイルは日東交易に対し、日東交易は被告に対し、本件第二注文と同内容の注文をし、被告は原告へ本件第二注文をした。ところで、興産は、原告に納入する予定で日本オイルに対し注文を出していた。

このように注文が円環を形成した、すなわち、注文された商品を最終的に納入される予定の者と最終的に注文を受けた者が一致したので、原告と被告の担当者小林間で、本件第二注文についてオーダー整理にする旨の合意がされて、同日のうちに順次、原告と興産間、興産と日本オイル間、日本オイルと関西オイル間、関西オイルと日東交易間、日東交易と被告間で、それぞれの間の本件第二注文と同内容の注文をオーダー整理にする合意がされた(以下「本件第二オーダー整理」という。)。

(三) 興産は、同日、日本オイルに対し、本件第三注文と同内容の注文をし、本件第二注文と同様に、それが順次、関西オイル、日東交易、被告を経て、原告に対し本件第三注文として注文されたが、興産の日本オイルに対する右注文は、原告に納入する予定でされたものだった。

このように注文が円環を形成したので、原告と被告の担当者小林間で、本件第三注文についてオーダー整理にする旨の合意がされ、同日のうちに順次、原告と興産間、興産と日本オイル間、日本オイルと関西オイル間、関西オイルと日東交易間、日東交易と被告間で、それぞれの間の本件第三注文と同内容の注文をオーダー整理にする合意がされた(以下「本件第三オーダー整理」という。)。

(四) 興産は、同月一一日、日本オイルに対し、本件第四注文と同内容の注文をし、本件第二、第三注文と同様に、それが順次、関西オイル、日東交易、被告を経て、原告に対し本件第四注文として注文されたが、興産の日本オイルに対する右注文は、原告に納入する予定でされたものだった。

このように注文が円環を形成したので、原告と被告の担当者小林間で、本件第四注文についてオーダー整理にする旨の合意がされ、同日のうちに順次、原告と興産間、興産と日本オイル間、日本オイルと関西オイル間、関西オイルと日東交易間、日東交易と被告間で、それぞれの間の本件第四注文と同内容の注文をオーダー整理するに合意がされた(以下「本件第四オーダー整理」という。以下、本件第一ないし第四オーダー整理を「本件オーダー整理」という。)。

4  オーダー整理の合意について

(一) 石油製品の業者間転売取引(以下「業転取引」という。)とは、石油製品について最終売主と最終買主との間に中間業者が入り、同一商品について連続した転売が行われる取引のことをいい、一般に業転取引においては、最終売主から最終買主に商品が引き渡されたときに中間の転売全部についても引渡しが完了したとされるが、最初の売主と最終の買主、あるいは最初の注文をした者と最終的に注文を受けた者とが一致し、注文又は売買が円環を形成することがある。この場合、円環を形成した各社間で、商品の引渡しは一切無用とした上で、代金の決済については、商品が最終売主から中間の業者を通って最終買主まで順次売り渡された場合と同様に、すなわち、各社間で売買がされ、目的物の引渡しがされたものと擬制して、これを行うという処理がされることがある。このような処理をオーダー整理という。

(二) オーダー整理をするには、円環を形成したすべての業者の同意が必要だが、すべての業者が一度に合意するのではなく、隣接する当事者間で個々に順次オーダー整理にするとの合意がされることが多い。

(三) オーダー整理を合意することによって、隣接当事者間に、円環を形成した注文又は売買契約における商品の代金に相当する金員の決済義務ないし支払請求権が発生する。

(四) オーダー整理に先立ってされた注文は、黙示的に撤回され、オーダー整理に先立つ売買契約は、黙示的に合意解除される。

(五) オーダー整理において、商品の所有権の移転、引渡しは、その合意内容に含まれない。

したがって、オーダー整理による金銭請求権は、財産権移転に対する対価ではない。

(六) 本件オーダー整理は、右(一)ないし(五)のように、業転取引において、注文又は売買が円環を形成した場合にされたもので、円環各社に対して代金請求権と同額の整理金請求権を発生させることにより、各社の商行為にその報酬(マージン)を与えるために発達した商慣習上の無名契約である。

5  小林は、被告のために石油製品の業転取引一般を担当していたが、オーダー整理は、業界において慣行としてしばしばみられる処理であり、被告も数十年間にわたってこれを行ってきたから、小林は、石油製品の業転取引を担当する者として、当然被告のためにオーダー整理を行う権限も有していた。

6  昭和六〇年関西オイルは倒産し、関西オイルから日東交易に対する支払いがされなかったため、続いて日東交易が倒産した。

被告は、自己の取引先約二〇社に対し、同年四月下旬、石油商品代金の支払いを停止し、石油商品代金債務の一部について債務不存在確認の訴えを提起した。

7  本件第一オーダー整理により被告から原告に支払われるべき金額については、昭和六〇年四月初旬、原告と被告間で単価五万五四〇〇円、合計一三八五万円と合意された。本件第二ないし第四オーダー整理の分については、6の事情のため、原告と被告間の合意で値決めをすることが不可能となった。同年四月の白灯油、A重油の市況によると、本件第二オーダー整理については単価五万四六〇〇円、合計五四六〇万円、本件第三オーダー整理については単価五万四〇〇〇円、合計五四〇〇万円、本件第四オーダー整理については単価五万四六〇〇円、合計一億九二〇万円の支払いが相当である。

また、原告と被告間では、従来、取引の決済条件について月末締めで、二か月後の月末に支払うと合意されていた。

8  よって、原告は被告に対し、本件第一オーダー整理に基づき金一三八五万円及びこれに対する昭和六〇年六月一日以降の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、本件第二オーダー整理に基づき金五四五〇万円、本件第三オーダー整理に基づき金五四〇〇万円、本件第四オーダー整理に基づき金一億九二〇万円の各支払いと本件第二ないし第四オーダー整理について右各金額に対する同年七月一日以降の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める

2  同2の(一)の事実は認める。

3  同2の(二)の事実のうち、原告と被告間及び被告と日東交易間で原告主張の売買契約がされた事実、原告と被告の課員小林との間及び被告と日東交易間で、「オーダー整理のための合意」(但し、その内容、効果は争う。)がされた事実は認め、その余の事実は不知。

4  同3の(一)の事実は認める。

5  同3の(二)ないし(四)の事実のうち、原告と被告間及び被告と日東交易間で原告主張の各注文がされた事実、原告と被告の課員小林との間及び被告と日東交易間で各「オーダー整理の合意」(前同様)がされた事実は認め、その余の事実は不知。

6  同4のうち、(二)オーダー整理をするには、円環を形成したすべての業者の同意が必要である事実、(五)のオーダー整理において商品の所有権の移転、引渡しは、その合意内容に含まれない事実は認め、その余の事実は否認ないし争う。

石油取引においてオーダー整理の合意をするのは、通常、担当者の売上げ成績を水増しすることにあるところ、一定の組織を有する企業では売買部門と出入金部門が分かれており、伝票処理だけでなく実際に出入金がないと売上げとして処理できない。オーダー整理において代金決済を行うのは、このような企業内部の事情の下、売買を仮装するために過ぎず、決済の実質的な裏付けは何もない。

7  同5の事実は否認する。

(一) 小林の職務は、上司の承認を得た上で行う石油製品の取引と成約した取引の引渡し業務であるから、小林には被告のために上司の承認なしにオーダー整理の合意をする権限はない。

(二) 仮に、小林が、化成品燃料本部燃料部長和田充弘(以下「和田部長」という。)、同燃料部燃料第二課長鎌田正通(以下「鎌田課長」という。)の了承を得た上で本件オーダー整理を行ったとしても、そもそも和田部長、鎌田課長にもオーダー整理をする権限はないから、小林が無権限でオーダー整理を行ったことにかわりはない。和田部長は、被告から燃料関係の営業に関する委任を受けたいわば番頭(商法四三条)、鎌田課長は、いわば手代(同条)であり、燃料に関する営業について包括代理権を有するが、後述のとおり、オーダー整理の実質は贈与ないしは貸付けであるから、それは右営業についての包括代理権の範囲外の取引である。

8  同6の事実、同7の原告主張の各単価、支払条件に関する事実は認める。

三  抗弁

1  時効の援用

原告の請求する本件オーダー整理に基づく債権というものは、売買契約が解除された場合の売買代金返還・損害賠償等の請求債権と同性質のものであるか、少なくとも実質的には売買代金請求権である。なお、原告は、後述の別件では、本件と同様のオーダー整理に基づく支払いを売買代金として請求している。したがって、これについては民法一七三条一号の短期消滅時効の規定が準用され、時効期間は二年である。本件オーダー整理成立時から、いずれについても二年が経過しているので、被告は、時効を援用する。

2  権限逸脱

仮に、オーダー整理の合意が売買契約の体裁をとり、石油製品をその対象とする以上、商法四三条一項の番頭、手代の部分的包括代理権の範囲に含まれ、抽象的には和田部長、鎌田課長の代理権の範囲に含まれるとしても、オーダー整理は、商社である被告の営業部門では原則として禁止される特殊売買のうちの「単なる金融を目的とした取引」ないし「商品の裏付けが不明確な取引」に該当し、これを行うには営業部長はあらかじめ営業本部長の決済を得なくてはならないとされ、和田部長、鎌田課長の代理権は制限されている。まして、本件は、後述の通り意図的に仕組まれたオーダー整理であり、被告ではこのようなオーダー整理は、理由のいかんを問わず禁止されている。

したがって、和田部長、鎌田課長には、小林に本件オーダー整理を行わせる権限はない。

そして、大手・中堅商社や石油元売会社でこのような取引の制限がされていることは、業界において周知の事実であるから、原告は、以上の制限について悪意であり、したがって、被告は、商法四三条二項により、和田部長、鎌田課長の代理権の制限をもって原告に対抗することができる。

3  贈与による取消し

オーダー整理の合意は、商品の所有権を移転せずに代金の決済だけをする合意であるから、対価を伴わず金銭を支払うことになり、その実質は贈与である。

そこで、被告は、これを書面によらない贈与として取り消す。

4  公序良俗違反

(一) オーダー整理は、商品の裏付けがないいわゆる空荷取引であり、実質は金員の贈与ないしは貸付けである。オーダー整理は、一定の組織を有する企業内において、独自に贈与や貸付けをする権限を有しない営業部が、売買を仮装して贈与や貸付けを行うものであって、しかも高額に及びやすく、営業部の企業に対する著しい背信行為である。また、円環を形成した各社のうち一社が商品を仕入価格より安く売ることになって損を被ることになりがちであり、更に代金回収の危険が資金力のある一社に集中することになるなど、極めて不公正、不公平な取引である。

このように、オーダー整理はそれ自体反社会性が強く公序良俗に違反するものである。

(二) 更に、本件オーダー整理は、不法な目的のもとに意図的に仕組まれたもので、明らかに公序良俗に反する。すなわち、関西オイル、日本オイル及び訴外株式会社吉田石油店(以下「吉田石油」という。)らは、軽油取引税の脱税組織を組んでいたが、関西オイルは昭和六〇年三月当時倒産必至の状況にあり、脱税組織の存続が困難になっていた。日本オイル、吉田石油らは、共謀の上、日東交易、興産を利用して意図的に本件オーダー整理を仕組み、情を知らない被告に最終的な「付け」を回して、脱税組織を存続させるための資金を引き出そうと図ったのである。

(三) ところで、原告と興産が市況より安価で石油の継続的取引を行っていた経緯からみると、原告は、このように本件オーダー整理が違法な意図のもとに仕組まれたものであることを知っていたか、または知り得べきであった。

(四) 仮にそうでないとしても、原告は、日本オイル、興産の前記不法な目的を達成するための道具として用いられ、保護すべき独立の利益がないことに照らすと、被告は原告に対し、日本オイル、興産らの不法な目的によって本件オーダー整理が公序良俗違反により無効となることを対抗することができるというべきである。

5  詐欺による取消し

本件オーダー整理は、日本オイル、興産らが、関西オイルが日東交易との間で本件オーダー整理の決済を行う資金がなく、したがって日東交易も被告に対して決済できなくなることが確実であることを知りつつ、共謀により、被告に「付け」を回して金員を騙取しようとしたものであり、原告もこのことを知りながらこれを秘して被告との間で本件オーダー整理の合意をした。

そこで、被告は、平成二年一二月三日の本件口頭弁論期日において本件オーダー整理を取り消す旨の意思表示をした。

6  権利濫用

前記4のとおり、本件オーダー整理は、日本オイル、興産らが、不法な目的のもとに仕組んだものであり、仮に、原告が本件オーダー整理をした際にこのことを知らなかったとしても、少なくとも現在このことを知るに至ったのであるから、原告は興産に対して本件オーダー整理にかかる決済を拒絶するか支払った金員の返還を求めるべきであり、被告に対して決済を要求することは、前記不法な目的の達成に協力することになり、権利の濫用として許されない。

7  成立上の一体性、同時履行の抗弁

(一) オーダー整理の合意に基づく円環を構成する契約の一部が無効である以上、被告と原告の間の契約も無効とされるべきである。

すなわち、オーダー整理において、円環を形成する当事者は、隣接する一方の者に対し代金支払義務は負うが、目的物引渡請求権はないという形になるが、このような片務、無償の債務を負担することは、現代の営利企業ではあり得ないから、円環取引を少なくとも実質上、双務、有償契約とするためには、自己の前者に対する(売買代金名下の)債務と後者に対する(同様の)債権とが実質上、対価関係に立つと考えるべきである。

したがって、円環取引にあっては、各隣接者間のすべての取引が有効に成立する必要があり、その一部が無効であれば、すべてを無効とする一体性を認めるべきである。ところで、日東交易と関西オイル、関西オイルと日本オイル、日本オイルと興産の各オーダー整理の合意は、前記4のとおり公序良俗に反し無効であるから、原告と被告間のそれも無効というべきである。

(二) 右(一)のようなオーダー整理における円環を形成する当事者の関係に照らすと、オーダー整理による決済義務は、隣接した者の間で独立別個に負担されるものではなく、前者に対する決済義務と、後者から決済を受ける権利とは一個の法律関係から生じた相互に牽連関係を有するものと考えられる。したがって、後者から支払を受けられない場合は、前者に対する決済を拒絶できるという同時履行の抗弁が認められるべきである。

ところで、前記のとおり、本件オーダー整理において、被告は、日東交易が倒産したため、日東交易から決済を受けることができないから、原告に対する決済を拒絶する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、本件オーダー整理成立時から二年が経過している事実は認め、その余は否認する。本件請求債権が二年の時効に服するとの被告の主張は争う。

本件で原告が請求している債権は、オーダー整理契約に基づく債権である。オーダー整理契約は無名契約であり、原告と被告は商行為としてこの無名契約を締結したので、右債権は商法五二二条に従い、五年の時効に服する。

業転取引において最終売主と最終買主が一致した場合、円環を形成した売買契約ないし注文に対応する売買契約を締結しても、商品の供給としては全く無意味である。オーダー整理は、各社がこの状況を認識した上で合意される処理であり、目的物の所有権の移転と物流を無用とし、代金の決済だけをしようとする合意であるから、売買契約とは全く異なる合意である。

オーダー整理の合意と売買契約ないし売買の注文とは、商品の所有権の移転及び引渡しをするか否かの点で内容的に矛盾し、両立しない関係にある。

注文だけが円環を形成している場合、代金決算義務の発生原因事実は無名契約であるオーダー整理の合意なので、商行為として五年の時効に服する。

売買契約が先行している場合は、もとの売買契約とオーダー整理の合意との関係は、準消費貸借契約における旧債務と新債務との関係と同様に考えられるから、時効期間については、もとの契約の性質にかかわらず、オーダー整理の合意自体が商行為であることにより、五年である。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の主張は争う。

4  同4の(一)の事実は否認する。

5  同4の(二)の事実は不知。

原告は、被告及び興産との電話のやり取りだけで取引しており、他の円環を形成した会社がどこかも知らないし、まして被告主張のような事情を知るはずもない。

6  同4の(三)の事実は否認し、(四)の主張は争う。

7  同5の事実のうち、興産、日本オイルらの共謀の事実については不知、その余は否認する。

8  同6の事実のうち、興産、日本オイルらの意図については不知、その余は否認する。

9  同7の事実は、否認ないし争う。

オーダー整理は、隣接した当事者間の合意であって、他の円環を形成した者の間の事情によって影響を受けず、また、その決済義務は、隣接した当事者が独立して負うもので、被告の主張するような牽連関係はない。

五  再抗弁(時効援用の権利濫用)

仮に、本件請求債権の消滅時効期間が二年であるとしても、以下の事情により、被告の消滅時効の援用は権利の濫用である。

1  すなわち、原告と被告は、昭和六〇年六月一三日、原被告間の昭和六〇年二月ないし四月分の取引の確認作業をし、本件オーダー整理が合意された事実自体は相互に確認されたが、その法的効果について原告は有効、被告は無効と主張した。この確認作業の結果を踏まえて、原告と被告は、昭和六〇年一〇月一四日「覚書」を作成し、オーダー整理以外の取引については決済し、オーダー整理にされた分の代金については「原告が商品代金として請求中であり、被告はその債務の不存在を主張中であること」を確認した。この際、原告と被告間で、右のうち昭和六〇年二月にされたオーダー整理に基づく決済(以下「別件請求債権」という。)について被告が債務不存在確認訴訟を提訴していた(東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第四七八〇号、以下「別件」という。)ことに照らし、本件オーダー整理については、別件についての裁判所の出方をみようとの黙示の合意がされた。その後、別件について第一審で原告が勝訴したとき及び第二審で原告が勝訴したときに、一応裁判所の判断が示されたことを前提に原告と被告間で和解的な接触が行われたが成立せず、被告が別件につき上告したため、原告は本件請求に至ったものである。

2  そもそも、商慣行として確立していたオーダー整理について、被告が支払いを引き延ばす目的のみのために支払いを拒絶した上債務不存在確認請求訴訟を提起したことが著しく不当であるのに加え、右経緯に照らすならば、最高裁判所の判決が下るまでは、被告が消滅時効を援用して本件請求債権の支払いを免れようとすることは権利の濫用である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実のうち、原告主張の覚書作成時に、原告と被告間で本件オーダー整理については、別件についての裁判所の出方をみようとの黙示の合意がされたとの事実は否認し、その余は認める。

右覚書は、双方の主張を確認したに留まり、別件についての裁判所の判断を待つ旨の合意はしていない。原告と被告間で昭和六一年一一月、オーダー整理された取引全体について話合いがされたが、条件が折り合わず、被告は原告に対し、同年一二月一日、和解はしないと回答している。なお、別件の第一審・第二審判決後、原告の申出により別件について和解的な接触があったが、その際本件オーダー整理取引について話し合われてない。

2  同2の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

第一請求原因事実について

一請求原因1の事実、2及び3の各(一)の事実、同2の(二)及び3の(二)ないし(四)の事実のうち、原告と被告との間及び被告と日東交易との間で原告主張の売買契約が締結された事実、右と同じ間の者で原告主張の各注文がされた事実、原告と被告の課員小林との間及び被告と日東交易の間で「オーダー整理の合意」がされた事実、同4のうち、(二)のオーダー整理をするには、円環を形成したすべての業者の同意が必要である事実、(五)のオーダー整理において、商品の所有権の移転、引渡しは、その合意内容に含まれない事実、同6の事実、7の事実のうち、原告主張の単価、支払条件については、いずれも当事者間に争いがない。

二まず、本件オーダー整理の経緯(請求原因2、3)についてみるに、前記争いのない事実、<書証番号略>及び証人加藤、同小林徳孝(以下「証人小林」という。)の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  我国には、石油の元売り会社(自社、子会社又は提携会社が石油精製設備を持ち、そこで精製された石油を販売する会社)が一二社ほどあり、石油製品の販売経路は原則として元売り会社ごとに系列化され、元売り会社との特約店が石油製品を販売している。しかし、元売り会社によっては自社系列で販売する商品を自社の精製設備で賄いきれず商品が不足し、他方、自社が精製した商品を自社系列の販売経路で販売しきれず商品が余る元売り会社もある。このため、元売り会社間や別系列に属する小売店間で商品を融通し合ったり、元売り会社が別系列の特約店から商品を購入したりする必要が生じるが、この場合、元売り会社間あるいは特約店間で直接取引がされず、商社や業転業者と呼ばれる仲介業者が間に入り、同一目的物に関する売買契約が連続する転売の形をとることがある。このような取引を業者間転売取引、略して業転取引という。

業転取引では、石油商品を調達しようとする者(以下「最終買主」という。)が商社や業転業者に注文し、順次これらの者を経て、最終的に、商品を出すことが可能な者(元売り会社、特約店、あるいは自ら商品を保有する業転業者。以下「最終売主」という。)に注文される。最終売主は、自己に直接注文した業者に対し、商品を売ることを承諾するとともに積地(最終売主が商品を保有し、そこから商品を船に積み出す油槽所や精油所)を特定して知らせ、これが注文と逆に回って最終買主まで伝達される。

業転取引では、最終買主が船を手配して最終売主の指定する積地まで商品を受け取りに行き、最終売主から最終買主へ商品が現実に引き渡されると、最終売主から中間業者を経て最終買主まで連続している転売のすべてにおいて引渡しが終わったものとされる(このような引渡しの形態を直納取引という。)。引渡完了の通知を中間各社が受領した時点以降は、各社間に代金の支払い義務が確定的に発生し、現実に支払いが開始される。

2  被告は、大手総合商社であり、被告の化成品燃料本部燃料部燃料第二課で石油製品の国内販売を扱い、業転取引も行っている。

原告は、業転業者であるが、横浜油槽所にタンクを所有し、元売りから商品の供給を受けてタンクに備蓄しており、前述のような仲介だけでなく自らの商品を売ることもできる業者である。

原告と被告は、昭和六〇年二月初めから、業転取引を始めた。

3  本件第一オーダー整理について

(一) 日東交易は、昭和六〇年三月一九日、白灯油四〇〇キロを訴外丸善石油株式会社(以下「丸善石油」という。)に注文した。

(二) 丸善石油は、同日、訴外大東通商株式会社(以下「大東通商」という。)に対し、白灯油四〇〇キロの注文をした。大東通商は原告の親会社であるが、横浜油槽所に商品を持っていたので、丸善石油に対して、白灯油四〇〇キロを横浜油槽所から積み出すと承諾し、これを受けて、丸善石油が日東交易に対し、注文を受ける旨及び横浜油槽所から商品が積み出されることを伝えた。

日東交易は、丸善石油から承諾と積地の通知を受けて、商品を引取りにいくための輸送船として東西タンカーのえびす丸(以下「えびす丸」という。)を手配し、扱い船会社・船名・向け先・入港予定時刻を丸善石油に伝え、丸善石油は大東通商に伝えた。大東通商は、横浜油槽所に伝えられた所要事項を連絡し、えびす丸に確実に商品が積み出されるように手配した。

(三) 他方、日東交易は、同日、えびす丸を横浜油槽所に向かわせるにあたって、更に白灯油を二五〇キロ集めて一緒に積み出すことを企画し、被告に対し「一九日に横浜油槽所を積地としてえびす丸に白灯油四〇〇キロを積み出すことになっているので、これに白灯油二五〇キロを積み合わせて欲しい。」という注文をした。

これを受けた被告の課員小林は、原告(担当者は営業部営業課社員の加藤)に対して、同内容の注文をした。原告は、横浜油槽所に白灯油二五〇キロを持っていたので、大東通商が横浜油槽所からえびす丸に白灯油四〇〇キロを積み出すことになっていることを確認した上で、小林に対し、更に白灯油二五〇キロをえびす丸に積み合わせることを承諾した(本件第一契約の成立)。

小林は、右承諾の通知を受け、日東交易に対し、注文を受ける旨の通知をした。

(四) 日東交易は、同日、こうして集めた白灯油六五〇キロの買い手を探して、関西オイルに対し、一九日に横浜油槽所よりえびす丸に白灯油六五〇キロが積み出されるとして売りの申込みをし、関西オイルはこれを買い上げて、日本オイルに売ることにし、日本オイルは同商品を関西オイルから買い上げて興産へ売ることにした。

以上の取引は、すべて電話で、短時間の内に行われた。

(五) 原告は、同日、被告から白灯油二五〇キロの注文を受けた後、興産から白灯油六五〇キロを二〇日に揚げたいという売りの申込みを受けた(昭和六〇年三月、原告と興産とは、興産が入手した商品は原告が全量を買い上げるという約束をしていた。)。原告が、興産に対して、白灯油六五〇キロの船名、揚地、積込み日等を確認したところ、一九日に横浜油槽所からえびす丸に積み出すことが分かったので、白灯油六五〇キロのうち二五〇キロは、原告が被告に対して売った商品であることが分かった。

原告は、白灯油六五〇キロのうち、四〇〇キロについて興産から買うことにし、二五〇キロについては興産との間でオーダー整理によって処理することを合意し、被告の課員小林にも前記事実を告げ、同人との間でも同様の合意をした。

その後、被告と日東交易間、日東交易と関西オイル間、関西オイルと日本オイル間、日本オイルと興産との間でも、オーダー整理の合意がされた(以上、本件第一オーダー整理)。

(六) 白灯油六五〇キロのうち、四〇〇キロは、大東通商の所有する商品であるが、横浜油槽所の中にあり、原告の買った商品は横浜油槽所に揚げることになっていたので、船による運送はされず、横浜油槽所で所有名義の書換えがされた。

4  本件第二オーダー整理について

(一) 被告の課員小林は、昭和六〇年四月一〇日、日東交易から、同一一日に、京浜地区の積込地で、東西タンカーの大耶丸(以下「大耶丸」という。)に白灯油一〇〇〇キロを積み込んで欲しいという注文を受けた(このように、最終買主が、注文を発する前ないし同時に配船も行い、引取り船についての情報が注文と一緒に伝達されることもある。)。

(二) 小林は、原告の加藤に対して、同内容の注文をした。加藤が確認したところ、この注文は横浜油槽所を揚地としていることがわかった。

ところが、原告は、興産から、あらかじめ同一一日に大耶丸を使って横浜油槽所に白灯油一〇〇〇キロを揚げる予定を知らされていたので、この注文は円環を形成していることがわかった。

(三) これは、以下の事情によるものである。

原告は、興産との間で、同年四月分の取引については興産が仕入れた商品は全量買い入れる約束をしていた。興産は、この約束に基づいて、原告に納入する白灯油一〇〇〇キロを仕入れるため日本オイルに注文を出し、この注文が関西オイルー日東交易―被告を回って原告に届いた。

興産は、大耶丸を手配し、加藤に対し、大耶丸が同月一一日横浜油槽所に白灯油一〇〇〇キロを揚げる予定であることを通知していたので、加藤は、小林から注文を受けた時に、油種、油量、船名、揚地及び積込日が一致していることから、興産が原告に納入する商品の注文が回ってきたと分かった。

(四) 原告は、当時横浜油槽所に保有する商品が少なくなっていたので、被告の課員小林に対し、他に商品を出してくれる業者を探して、実際に原告に白灯油一〇〇〇キロが供給されるようにと頼んだが、結局、供給できる業者が見つからなかったので、被告の注文を受け、小林との間でこれをオーダー整理にする合意をした。原告は、興産との間でも同様オーダー整理を合意し、以下、興産と日本オイル間、日本オイルと関西オイル間、関西オイルと日東交易間、日東交易と被告との間でもオーダー整理が合意された(以上、本件第二オーダー整理)。

5  本件第三オーダー整理について

被告の課員小林は、昭和六〇年四月一〇日、日東交易から、同一一日に、京浜地区の積込地で、東西タンカーの八代丸(誤って、八千代丸ともいうが、以下「八代丸」という。)にA重油一〇〇〇キロを積み込んでほしいという注文を受け、原告の加藤に対して同内容の注文をした。

加藤が、小林に確認したところ、この注文は、横浜油槽所を揚地としており、本件第二オーダー整理においてと同様の事情から、興産が原告に納入するために出した注文が原告に届いていることがわかった。

加藤は、小林に対して、現物が欲しいので他の業者から商品が出せないかあたって欲しいと頼んだが、結局見つからなかったので、加藤は被告の注文を受け、小林との間でこれをオーダー整理にする合意をした。加藤は、興産との間でも同様オーダー整理を合意し、以下、興産と日本オイル間、日本オイルと関西オイル間、関西オイルと日東交易間、日東交易と被告との間でも本件オーダー整理が合意された(以上、本件第三オーダー整理)。

6  本件第四オーダー整理について

被告の課員小林は、昭和六〇年四月一一日、日東交易から、同一二日に、京浜地区の積込地で、東西タンカーの天心丸(以下「天心丸」という。)にA重油一〇〇〇キロを積み込んで欲しいという注文を受け、原告の加藤に対し、同内容の注文をした。

加藤が、小林に確認したところ、この注文は、横浜油槽所を揚地としており、本件第二及び第三オーダー整理においてと同様に、興産が原告に納入するために出した注文が原告に届いていることがわかった。

加藤は、小林に対して、現物が欲しいので他の業者から商品で出せないかあたって欲しいと頼んだが、結局見つからなかったので、加藤は被告の注文を受け、小林との間でこれもオーダー整理にする合意をした。加藤は、興産との間でも同様オーダー整理を合意し、以下、興産と日本オイル間、日本オイルと関西オイル間、関西オイルと日東交易間、日東交易と被告との間でもオーダー整理が合意された(以上、本件第四オーダー整理)。

7  取引後の事情

昭和六〇年四月中旬、関西オイルが倒産し、本件取引を含む多数の業転取引について、関西オイルから日東交易に対する支払いがされなかったため、続いて日東交易も倒産した。

被告は、同月下旬、自己の取引先約二〇社に対し、石油商品代金の支払いを停止し、石油商品代金債務の一部について債務不存在確認の訴えを提起した。

興産は、日本オイルに対して本件オーダー整理の支払いをし、原告も興産に対して本件第一オーダー整理を含んだ白灯油六五〇キロの代金として三五七五万円を、本件第二ないし第四オーダー整理に伴う代金合計二億一六四〇万円を支払った。

8  以上認定した事実によれば、請求原因2、3の事実が認められる。なお、本件第一オーダー整理は、原告と被告間で本件第一契約が締結された後に合意され、本件第二ないし第四オーダー整理は、被告から原告に本件第二ないし第四注文がされ、いまだ契約の締結に至らない段階で合意されたものと認められる。

三次に、請求原因4(オーダー整理の合意)について判断する。

前記争いのない事実及び証人加藤、同小林の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、一般に業転取引においてオーダー整理がされた場合には、商品の引渡しが不要であるとされるほかは円環を形成した各売買契約ないし円環を形成した各注文に対する売買契約が成立した場合と同様に処理されている事実が認められる。そして、本件についても、<書証番号略>によれば、原告は、本件オーダー整理に際し、原告社内の売買約定書に本件第一契約及び本件第二ないし第四注文に対応する売買契約が成立したものとして積地、船名を特定の上記帳している事実、本件請求債権を貸方帳票に売掛金として記載し、被告に対し従来、売買代金として請求をしていた事実が認められる。

さらに、<書証番号略>によれば、日本オイルと興産間では独立して本件オーダー整理に基づく決済が行われている事実、<書証番号略>によれば、興産が原告に対し、本件オーダー整理に基づく決済を通常の売買代金として請求し、原告がこれを支払っている事実が認められる。

以上によれば、被告は原告に対し、少なくとも、本件オーダー整理によって、本件第一契約及び本件第二ないし第四注文における各売買代金に対応する金銭(但し、その法律上の性質を、原告主張のように、オーダー整理金とみるか、売買代金ないしこれに準ずるものとみるかについては、後記第二以下の判断のとおりである。ここでは、被告にこの金銭の支払義務があることだけの判断にとどめる。)を支払うことを約した事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

四次に、請求原因5(小林の権限)について判断する。

<書証番号略>、証人小林(後記採用しない部分を除く。)及び同加藤の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

小林は、被告の化成品燃料本部燃料部燃料第二課の課員であり、同課では石油製品の国内販売を扱い、業転取引も行っていた。ところで、業転取引では、日常取引をする業転業者又は商社相互間で月毎に予定取引数量枠を定めることが多く、その場合には当該月の個々の取引の総量としてその予定数量を消化することが相互の信義として求められる。被告では、原則として和田部長あるいは鎌田課長がこの予定取引数量を取り決めていたが、その枠内で行われる個々の取引については、課員の小林が、同課の日常業務の一環としてこれを行うこととされ、同人は、業転取引の注文を受け、他の業者に注文を出し、注文が最終売主に繋がった場合、最終売主が指定した積地の伝達を被告の注文先から受け、これを被告の注文主に伝達し、また、引取り船についての情報を注文主から受け、これを注文先に知らせるなどしていた。

なお、業転取引において売買契約ないし注文が円環を形成することは、それがどの程度の頻度で現れるかはともかく、日常の取引において相当の程度生じるものであり、その場合、オーダー整理という方法によって処理することは石油取引業界で広く行われている。そして、オーダー整理にするか否かは、個々の契約の締結及び積地・引取り船についての情報の伝達などと同様に、隣接した当事者の担当者間の電話連絡により短時間のうちに決められる。また、オーダー整理をした場合にも、商品の引渡しを不要とするほかは、通常の売買と同じような処理がされる(前記認定のとおり)。

原告と被告の間でも、月毎に予定取引数量枠が設定されており(和田部長又は鎌田課長と原告会社の山本課長との間でこれを定めていた。)、本件オーダー整理は、いずれもこの数量枠範囲内で個々にされる取引の処理としてされた。

以上の事実によれば、小林は、被告のために、予定取引数量枠内の個々の売買契約を締結する業務及び対象である商品が最終売主から最終買主に確実に引き渡されるよう積地や船についての情報を伝達する業務を行う権限を有しており、更に、このような業務に付随する処理として、個々の売買契約ないし注文が結果的に円環を形成した場合、これをオーダー整理にするか否かを決める権限を有していたと認められる。

そして、前記二で認定した事実によれば、本件オーダー整理は、このような小林の権限の範囲内の取引と認められるから、小林は、被告のために本件オーダー整理をする権限を有していたというべきである。

小林の証言中には、同人がデリバリーのみを行い、契約は上司の承認を得ないとできないという部分があるが、その証言自体、同人のいう「デリバリー」と「契約」との区別、あるいは個々の契約と月毎の予定取引数量の取決めとの区別が判然としないなどの疑問があり、前記二、三で認定の事実に照らしても、たやすく採用することができない(なお、小林の権限に関する抗弁については、後記第二以下の判断の結果、判断の必要がない。)。

第二抗弁について

一まず、時効の抗弁についてみると、本件オーダー整理成立時から二年が経過している事実は当事者間に争いがなく、被告が民法一七三条一号の二年の消滅時効を援用した事実は、当裁判所に顕著である。

二そこで、本件請求債権に、民法一七三条一号の短期消滅時効の規定が適用されるかについて判断する。

原告が本件オーダー整理を通常の売買と同様に積地、船名を特定して売買約定書に記帳していること、本件請求債権を貸方帳票に売掛金として記載し、被告に対し従来売買代金として請求をしていたことは、前記認定のとおりである。

また、<書証番号略>によれば、原告が、興産に対する本件オーダー整理に基づく債務を買掛金として貸方帳票に記載し、興産との間で本件第二ないし第四オーダー整理に基づく債権を売買代金として示談している事実が、<書証番号略>によれば、興産、日本オイル及び日東交易が、本件オーダー整理を通常の売買と同様に船名・積地を特定するなどして記帳している事実、興産、日本オイル及び関西オイルが、本件オーダー整理に基づく債権を売買代金として請求、領収している事実、日本オイルが興産に納品書を交付している事実、日東交易が関西オイルに受領書を交付している事実が認められる。

また証人加藤、同小林の各証言によれば、オーダー整理がされた場合のその後の処理は、引渡しが不要とされるほかは通常の売買契約の場合と全く同様であること、オーダー整理がされた場合には、円環を形成した売買契約ないし注文に対応する量だけ前記認定した月毎の予定取引数量が消化されたものとして扱われ、原告と被告間でも本件オーダー整理によって当該月の予定取引数量が消化したものと扱われたことが認められ、更に、担当者である加藤、小林の両名は、オーダー整理をした場合には円環を形成した各社間に円環を形成した各売買契約ないし各注文に対応する売買契約が成立すると考えていることが窮われる。

以上の事実等に照らすと、本件第一オーダー整理の合意とは、本件第一契約が成立していることを前提にその引渡しを省略する合意であり、本件第二ないし第四オーダー整理の合意とは、本件第二ないし第四注文に対応する売買契約が成立したこととして、同時にその引渡しを省略する合意であると認めるのが相当である。

これに対し、原告は、業転取引において最終売主と最終買主とが一致した場合、円環を形成した売買契約ないし注文に対応する売買契約を締結しても商品の供給としては全く無意味であり、オーダー整理は各社がこの状況を認識した上で合意される処理であるから、売買契約の合意解除ないし注文の撤回が黙示的にされているというべきであり、目的物の所有権の移転と引渡しを内容とする売買契約が締結されているとみるのは不合理であってあり得ないと主張する。そして、オーダー整理において、商品の所有権の移転、引渡しは、その合意内容に含まれないとすることは、前記のとおり、争いがない。

業転取引の場合、最終売主から最終買主に直接商品が引き渡されることは前記認定のとおりであるが、観念的には、所有権は最終売主から仲介業者を経て最終買主まで順次移転するのであって、最終売主から最終買主に直接移転するのではない。また、業転取引において最終売主と最終買主が一致した場合、現実の商品の引渡しは無意味となるが、観念的には、所有権の移転、引渡しがあり得ないわけではないし、その場合でも、当初、売買を前提として取引していた円環を形成した各社間でなお、観念的な所有権の移転と代金の支払いを約したり、そのような合意がされたこととしても不合理とはいえない(なお、引渡しは目的物の所有権を買主に移転した結果生じる売主の義務であり、売買契約の合意の要素ではない。)。オーダー整理の合意に商品の所有権の移転、引渡しが含まれないというのも、現実には商品が動かないため、事実上、これらに相応する行為がないという以上の意味を有するとは言い難く、これを一種の売買であるとみても、おかしくはない(原告の主張によっても、まず、売買、引渡しが擬制されるというのであり、原告は、別件において、これを売買と主張している。)。原告の前記主張は、前述のようなオーダー整理の具体的な処理、扱い、担当者の認識にも反するものであって、直ちに採用することができない。

他に、前記認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、原告が本件で請求している債権は、結局は、売買代金債権というべきであり(請求原因事実は、この意味で理由がある。)、少なくとも、民法一七三条一号の適用に当たっては、商品(売買)代金債権ないしこれに準ずるものというべきであるから、二年の消滅時効に服するものと認められる。

第三再抗弁(消滅時効援用の権利濫用)

一再抗弁1の事実のうち、原告主張の覚書作成時に、原告と被告間で本件オーダー整理については、別件についての裁判所の出方をみようとの黙示の合意がされたとの事実以外の事実については、当事者間に争いがない。

二そして、前記争いのない事実及び<書証番号略>、証人加藤、同小林の各証言によれば、原告と被告間で、昭和六〇年六月一三日、同年二月ないし四月分取引の確認作業がされたこと、さらに、同年一〇月一四日、覚書(<書証番号略>)において、原告と被告間の石油取引に係る債権債務の支払い等に関する合意がされたが、オーダー整理に係る取引のうち、別件において争われている二件を除いた本件オーダー整理に係る取引については、原告が商品代金として請求し、被告がその不存在を主張していることが確認されたこと、被告が昭和六〇年五月ころ別件を提起したこと、別件の第一審判決が昭和六三年一〇月二八日に、第二審判決が平成二年二月二二日にそれぞれ言い渡され、いずれも原告が勝訴したが、被告が上告したこと、これらの判決の間に原告と被告間で別件について和解に関し接触があったことが認められる。

これらの事実によると、原告が被告に対して直ちに本件請求債権の請求をしなかったのは、本件とほとんど争点を同じくする別件の存在に鑑み、その進行を窮おうとしたものと推認されなくはない。

三そして、仮に、原告と被告が覚書作成時に原告主張の黙示の合意をしたとしても、原告の主張自体によっても、その内容は、明確に、互いに本件請求債権については、別件の裁判所の判断を待ち、これに従うとの約束をしたというまでのものではなく、したがって、原告が被告に対して、本件請求債権について直ちに訴えを提起しないと約束したとか、被告が原告に対して、別件で裁判所の判断が示された後に原告が本件請求債権の支払いを求めたときには直ちにこれを支払うとか、その場合、消滅時効を援用しないと約束したとかいうものではない。

その上、覚書作成後の経緯をみるに、<書証番号略>によれば、別件が係属後の昭和六一年一一月頃、原告と被告間で別件請求債権及び本件請求債権について和解の交渉がもたれ、原告から被告に対し、被告が係争額の五五パーセント程度を支払うとの和解案が提示されたが、被告がこれを明確に拒絶した事実が認められ、また、前記のとおり、第二審判決が言い渡されたのが平成二年二月二二日であり、その後、被告が上告した事実が認められるのに対し、原告が本件を提起したのは右判決言渡し前の平成二年一月一八日であることは、当裁判所に顕著である。

これらの諸点に照らせば、仮に、覚書作成時に原告主張の合意がされたとしても、その合意が原告に別件についての結論が出るまで本件請求債権について被告に請求しないことを約束させたものであり、原告がこの合意に拘束されたために平成二年一月一八日まで本訴を提起できなかったとは、到底いえないし、被告が右合意等により、別件についての裁判所の判断が出れば本件請求債権を支払うと原告に強く期待させるような言動をした結果、右期日まで本訴の提起ができなかったともいい難い。

四また、原告は、再抗弁2において、オーダー整理は業転取引において確立された商慣習であったにもかかわらず、被告が支払いを引き延ばすことのみを目的として不当にその支払いを拒絶し債務不存在確認の訴えを提起したと主張するところ、一般的にオーダー整理が業転取引において商慣習として認められていたこと、被告が昭和六〇年四月下旬、突然自己の取引先約二〇社に対して石油商品代金の支払いを停止し、債務不存在確認の訴えを提起したことは前記認定のとおりである。しかし、本件全証拠に照らしても、被告の右訴えが、著しく不当であるとまではいえず、したがって、再抗弁1の事実と相まって、被告の時効の援用が権利の濫用になるとはいえない。

五以上によれば、被告の時効の援用が権利の濫用に当たるとはいえないから、再抗弁は理由がなく、採用することができない。

第四結論

よって、時効の抗弁は理由があるから、その余の点について判断するまでもなく、本件請求は理由がないことになるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浅野正樹 裁判官中井川純子 裁判官升田純は転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官浅野正樹)

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